実は日本生まれ!あんぱん発祥の歴史と有名店を解説

和菓子辞典

あんぱん以前にもすでにパンは日本に存在していた

今や日本人の主食となっているパン。
パンが初めて日本にやって来たのはなんと戦国時代。
ポルトガルから鉄砲とともにやってきたとされています。
当時はイエズス会のフランシスコ・ザビエルらが日本でパン作りを始めたものの、キリスト教が禁止となってからは長崎で西洋人向けにひっそりと作っていただけ。そのため日本で広がりを見せることはなかったようです。


その後日本人のためにパン作りがされるようになったのは徳川幕府の頃。
1840年のアヘン戦争の頃、日本にも外国軍が攻めてくるかのもしれないという幕府の考えで保存がきき、持ち運びやすい兵糧として江川太郎左衛門の指揮のもとパン作りが始まりました。
とはいえ、現在のパンと比べると固かったようです。

明治時代に入って創業の木村屋もあんぱん誕生前は苦戦

日本で初めてあんぱんが作られたのは文明開化に沸いた明治時代に入ってからです。
様々な西洋文化とともにパンという食文化があることを日本人も知るようになったわけです。
1869年(明治2年)に木村安兵衛によってパン屋文英堂(現在の木村屋)が創業されましたが、翌年の火事で店舗が消失。
その後店舗を移転し、屋号を木村屋に変更しました。


現在の銀座木村屋の始まりです。
ただ、当時の日本にはまだイーストがなかったためパンはホップで作られていました。
そのためできあがるパンはどれも水分が少なめの固いパンばかり。
ふっくらした米や玄米を主食にしていた日本人の口に合わず、一般の日本の家庭には広がらなかったようです。

日本人の口にあう「あんぱん」がついに誕生

1874年(明治7年)、木村屋が創業して5年経った頃、創業者木村安兵衛と次男の英三郎は「何とか日本にパン食を広めたい」という想いで思いついたのが「酒饅頭」でした。
酒饅頭作りに使われている米と麹から作られた種を使う事で、日本人の好きなフワッとしてしっとりした柔らかいパンを作れるのではないかと考えたのです。


作戦は見事成功。
酒種で作られたふんわりしたパン生地、日本人になじみ深いあん、桜の塩漬けをトッピングしてここに日本初のあんぱんが誕生したわけです。
まさに和洋折衷の逸品。
実はここから日本の一般家庭に普及するまでにもう一つエピソードがあるのです。

「あんぱんの日」の由来から現在の普及に至るまで

明治8年4月4日に、明治天皇が東京向島の水戸藩下屋敷を行幸された時のこと。
木村屋の酒種で作ったあんぱんが明治天皇に献上されました。
明治天皇はあんぱんをとても気に入られたそうで、それ以来この4月4日を「あんぱんの日」という記念日に制定されたのだそう。
一般に日本人に広がるようになったのはこの出来事がきっかけになったようです。


依頼、木村屋では現在でもあんぱん誕生当時の酒種発酵種製法にこだわり続けて伝統の味を守っています。
今やあんぱんも進化して木村屋でも桜、小倉、けし、うぐいす、白の5つの味のあんを販売。
東京駅構内の四角いあんぱんで有名な専門店「豆一豆」や栗あんぱんで有名な
神楽坂の「亀井堂」、氷砂糖で練り上げたコクのあるあんが評判の巣鴨の老舗「喜福堂」など、お取り寄せや贈答に喜ばれているおいしいあんぱんで有名なお店のあんぱんが今や気軽に楽しめる時代となったわけです。

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